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【ODA基礎講座(3)】
脱ODAにむけて
古内洋平
限界を知る
西欧型の開発・発展、近代化や国民国家体制に矛盾が生じた結果、民族紛争などが続発していることから、これらすべてを否定する反近代、反開発や反国家というような考え方が一部から出てきています。しかし、近代化や国家建設は当時の西欧社会には必要不可欠であり、内発的な欲求であったのです。ですから、これらを全面的に否定するのは誤りです。否定ではなく、限界があることを知るべきです。民族紛争などは、なにも新しい現象ではなく国家建設当時からあったのです。当時の知識人にとっては国家体制は一時的な紛争回避の手段であって、その限界は私たち以上に理解していたのではないでしょうか。
ODAも近代化や国家の否定ではなく、限界を知ることから脱ODAの思想を育てていくことが大事です。両方ともODAを否定するという点では変わらないのですが、最近流行りの反開発、反国家や反近代の思想との違いをはっきりさせるため、ここは強調しておきたいのです。
3つのレヴェル
ODAの限界を知るにはシステム全体を的確に捉えることが必要です。大きく分けて3つのレヴェルで考えるのがよいでしょう。
第一のレヴェルは国家単位レヴェルで、「先進国」あるいは「北」から「途上国」あるいは「南」へと「援助」がおこなわれるということです。これによって、「北」と「南」が固定化され、従属関係に陥ってしまうのです。
第二のレヴェルは「北」の国内構造を視野に入れたもので、国民の主に税金から成り立っている国家財政からODAが出ているということです。これは、「国際貢献」や「国際協力」といった言語象徴で正当化されます。しかし、現に脱国家化や脱工業化の兆候がある中でどうするかという問題があります。
第三のレヴェルは「南」の国内構造を視野に入れたもので、民主化の遅れている国では、ODAがどう使われるかは指導部の一方的な意向で決定されるということです。社会のニーズが反映されないどころか、マルコス事件のように指導者の私財と結びつくことも少なくないのです。
基本的にはこの3つのレヴェルでODAのシステムを捉えたらよいと思います。
「南」の抵抗とその挫折
第一のレヴェルに対する抵抗、すなわち「北」への従属関係に対する「南」の抵抗は、1960年代から70年代にかけて盛んになります。「南」の国々は、1960年代に国連の枠の中で、より公正な交易条件を求めてG77を結成し、また70年代には、新国際経済秩序(NIEO)の構築を先進工業諸国に迫ったのです。しかし、1970年代の末から80年代にかけて、「南」の国々で累積債務問題が深刻化すると、団結がとけはじめてきます。第一に、それまでに工業化した国とそうでない国とで格差ができてしまった。そして、「南」の国家間で分裂が起きたのです。第二に、国内でも工業化の恩恵を授かった人々とそうでない人々のあいだに格差ができ、亀裂がはいってしまいました。
分裂によって「南」は国づくり、開発、民主化、人権などの関係をめぐってより複雑で、困難な立場に置かれることになりました。
国際連帯の必要性
第一のレヴェルに対する抵抗は、国家主義的な発展を追求する既成秩序の上で議論したことに失敗の原因があったと思います。社会内、国内の構造を視野に入れた第二、第三のレヴェルに対する抵抗を、それぞれの社会、国に属する個人が担っていかなくてはなりません。そして、私たちはその抵抗の思想、成果を国際連帯によって共有し、より発展させることができるのではないでしょうか。
脱国家化や脱工業化が始まりつつある今、既成秩序を正確に理解し、そのどこを守るべきで、どこを否定すべきなのか見極めなくてはなりません。その物差しとしては個人の発展を念頭に置いて考えるべきで、そのキーワードとして前回、内発的発展論を紹介しました。個人の発展の形態は場所によっても、時間によっても異なってきます。そのような性格を持つ個人の発展にとって国家単位のODAは必要ありません。個人の発展を高めるのは、国際連帯の感性をみがくことによってのみできるのであり、そのためには脱ODA、さらに言えば脱「援助」への道を描くことが自然でありましょう。