【研究会要旨】
アイヌ民族の現状と課題
具体的事実に則して考える
少数民族懇談会 大脇 徳芳
まずアイヌ民族の歴史を振り返ってみたい。
明治以降の政府の強制「同化政策」はすさまじいものであった。「旧土人」とされ、名前はアイヌ名から日本名に変えさせられ、風習の禁止、毒矢の禁止など。風習の禁止は精神的なよりどころを失い、毒矢の禁止や鮭漁の禁止は食料を奪ってしまうことになった。
更に北海道の土地は全部「無主の地」とみなされ、多くの和人に払い下げられた。アイヌはほとんど無視された。このことから極端な貧困と厳しい差別を受けたのである。
私は少年時代に細々と暮しているアイヌの人々の生活を見てきた。独り暮らしの老婆の家(チセ)に時々遊びに行き芋団子をもらった。老婆同士が会って懐かしそうに話すのはアイヌ語。アイヌ様式の結婚式を長い間窓から見ていた。近くの一級上の男子が水死したとき、生活用品の入れた小さな家に火をつけて神の国に送った。その中には当時は最も貴重な鉄の鍋もあった。「アイヌは呑ん平でだらしない」などと和人の村人が卑下し差別していたのとは違う実態があった。風習などが禁止されて長年たち、更に戦時下の統制が厳しく自由に振る舞えない時代でも、アイヌ民族の文化は生きていたのである。
第二次世界大戦後も苦難の歴史は続くが、1960年代から人権意識の高揚(これは全世界の人民大衆の闘いの結果であり、また日本での闘いの結果でもある)、黒人運動や民族問題、外国の少数民族との交流などから、民族としての自覚や復権への課題が徐々にはっきりと現われてくる。「北海道ウタリ協会」が「アイヌ新法」(案)を決議したことは、民族としての復権を打ち出した点で画期的なことであった。
以後の13年間はこの「アイヌ新法」の実現にむけての運動の歴史であり、文化の回復やアイデンティティを確立する前進の歴史でもある。
ここで、アイヌ民族の側と、法律を制定する国側のそれぞれの問題点を考えてみたい。紙幅が限られているので特徴的と考えられる点のみに限ることにする。
ウタリ協会は、この新法制定の運動の資金として一戸一万円のカンパを提起し、ほぼ2年でこの目標を達成した。このことは協会会員の新法制定に対する関心と期待を高める結果を生んでいるとは思われるが、新法の内容の細かい要求などの討議は苦手で進んでいない。それは、ウタリ協会が道から派遣されている常務理事を受け入れ、組織的にも民主的運営の面でも主体的に取り組める力量が問われていることと関係があるであろう。また、今年度の総会で「ウタリ協会」という名称を「アイヌ協会」に変更する予定が総会の場では圧倒的多数の反対で実現できなかったことも、今日まだ根強く残っている差別を克服できる見通しを持てない実態と下部討議の不十分さを感じさせた。
一方、政府はアイヌ民族の存在自体を認めず、単一民族国家の「国体」を維持したいという超保守的な思想を底流に持ち、外圧の中でやむを得ず後退し、認めざるを得ない範囲だけ妥協する、という政策に終始している。新法制定に踏み出さず長年放置したことと、この五月制定した「アイヌ文化振興法」の不十分さがそのことを証明している。
課題は、上記問題点をどう解決するかではあるが、言い換えるならば「先住権」をどこまで具体的に明らかにして獲得できるかということである。もちろん、「先住権」の中身は抽象的なものではなく、アイヌ民族が民族として生きていくために必要な当然の権利なのである。「文化も先住権の重要な部分」であると言われるとおり、実践的には今回の法律の狭い「文化」に閉じ込められることなく、自分たちの文化を豊かに、創造的に幅広く発展させうるか、主体的に獲得していけるか、にかかっている。
「自決権」を含めた権利、教育、経済問題など、課題は多いが、国連の「先住民族の権利宣言」を早急に決議する努力をすると同時に、それを待つのではなくアイヌ民族独自の課題を前進させる活動を地道に続ける以外にはないのである。