インドネシア元従軍慰安婦の証言をきく
大谷猛夫
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昨年12月8日を中心に東京周辺の3会場でインドネシアの元従軍慰安婦の証言を聞く集会がとりくまれました。日本の軍隊がインドネシアでも女性の人権をじゅうりんし、紛れもない侵略したという事実を直接の体験者からうかがうというとりくみでした。若い人たちが実行委員会に集まり、学習をくりかえしながら、集会を成功させました。あらためて日本政府のはじしらずで無責任の態度に憤りを感じました。
日本の若者がシンガポールに観光に行き、日本軍の犠牲者の慰霊碑の前を素通りし、50年以上前にここで何があったかを知らないでいる、ということが伝えられています。日本の戦後の教育の問題だと思います。日本は侵略戦争を反省し、この事実を次の世代に伝えてこそ平和な国際社会に生きていく権利があります。
日本の政府は侵略戦争であったということもはっきり認めないし、個人的な被害にあった人たちにその償いをすることをも拒んでいます。子供たちの教科書には、アジアへの侵略の事実はちょっぴりしか書かれていません。日本・朝鮮に関わっては少し事実が書かれるようになってきてはいます(もちろん不十分です。しかし、東南アジアについてはほとんど教科書からは抹殺されているといってもいいくらいです。これでは子供たちは学校では学習しないし、知らなくても当然ということです。知らないのは「伝えない大人が悪い」(インドネシアの元従軍慰安婦の方の発言)ということです。
そこで、私たちは93年にはフィリピンの元従軍慰安婦を、94年にはマレーシアの戦争犠牲者の家族の方を招いて証言を聞く集会を首都圏でとりくんできました。それぞれのとりくみは独立していて、毎年あらためて実行委員会を組織しています。95年はインドネシアに焦点をあてようということで、日本軍のインドネシアでの蛮行を学習してきました。日本軍の兵隊の補佐をするということで雇われた「ヘイホ」の問題、日本軍に徴用され、ジャングルの中で働かされた「ロームシャ」の問題、そして「従軍慰安婦」の問題などあります。これらの問題に共通しているのは日本軍の銃でおどしての徴用と戦後の放置の問題です。未払い賃金や謝罪の問題が全く手つかずになっています。「ヘイホ」「ロームシャ」「ジューグンイアンフ」はそのままインドネシア語になっています。
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インドネシアでは「日本軍はオランダからインドネシアを独立させてくれた」というトーンの論調が今でも存在しています。なかなか日本軍の蛮行の実態を公然というのがはばかられるという状況も一部に見られます。今のインドネシア政府が今の日本政府との友好を第一に考えているという側面もあります。日本政府にものを言うことが難しいということです。そんな中、インドネシアの人権問題を扱っている弁護士さんたちのグループ(法律扶助協会=LBH)が従軍慰安婦やロームシャ・ヘイホなどの問題を取り上げています。このLBHと連絡をとり、ジャワ島バンドン郊外にお住まいのお二人の方を招待すべく準備を進めていました。本人も「日本に行って証言してもよい」という意志を示してくださいましたが、ご家族の強い反対でこのお二人の来日が直前になってキャンセルになってしまいました。「従軍慰安婦」問題の根の深さをあらためて実感しました。急遽LBHと連絡をとりあい、ジョクジャカルタにお住まいの“マルディエムさん”(66歳)においでいただくことができました。LBHからも若い弁護士さんが同行してくださいました。当日はこの若い弁護士さんドウィアントさんからもインドネシアでのこの問題でのとりくみを報告していただきました。
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昨年は戦後50年という節目の年にもあたり、日本軍がアジアで何をしたのか、その被害にあったインドネシアの方の証言を聞き、日本の国民の中に戦争の中での「事実」を広く知らせていこうということでのとりくみになりました。東京・三多摩・横浜の三地域でそれぞれ実行委員会をつくり、それぞれ学習を重ねながら準備を進めてきました。特に若い学生たちが続々と実行委員会に集まり「中学や高校の授業で習った記憶がない」「はじめて知った」などという声の中でその輪もどんどん広がっていきました。東京実行委員会では、木村宏一郎さんの「インドネシアの歴史」、松尾章一さんの「日本軍の東南アジア侵略」、陸培春さんの「日本とアジア関係」千田夏光さんの「従軍慰安婦」などの学習をすすめました。
12月7日横浜の県政総合センターには260名、12月8日東京のTBSホールには320名、12月9日日野市民会館には250名の人が集まり、その証言をうかがいました。横浜では吉見義明さん、東京では松井やよりさん、日野では千田夏光さんがそれぞれ講演し、従軍慰安婦問題をそれぞれの角度から掘り下げていただきました。
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マルディエムさんは、淡々とご自分のつらい体験を話されました。13歳の時に侵略してきた日本軍から「芸能人募集」の誘いがあり、だまされてカリマンタン(ボルネオ)島につれて行かれました。慰安所にいれられ、そこで日本軍の将校・兵隊・民間人に連日レイプされ続けたことをはっきりと証言しました。妊娠がわかると日本軍は中絶の手術をし、また慰安婦として陵辱し続けたのです。マルディエムさんは、中絶させられた時(5ヶ月になっていたといいます)子どもに名前をつけ、忘れないようにしたといいます。連合軍の反撃が激しくなると、日本軍はマルディエムさんたちを放置し、逃走しました。故郷に帰るすべもなくボルネオ島に置き去りにされたのです。
こんな女性たちに日本の政府は何の謝罪も補償もしていないのです。マルディエムさんは、一番若い方です。慰安婦にさせられた方々の多くは70歳をこえています。マルディエムさんはインドネシアで元慰安婦の方々の世話もしています。高齢で生活も苦しい方がたくさんいます。当然戦後も幸せな人生を送った方というのはほとんどありません。日本軍がこの人たちの人生を狂わせたからです。マルディエムさんは言います「日本の政府は責任をきちんととって欲しい。そして補償もすみやかに行うべきだ。時間がない」と。
ドウィアント・プリハルトノ弁護士はインドネシアの人権状況について話をし、日本軍の戦争被害にあった人たちの救済と補償のとりくみをすすめている、日本の方々にも協力して欲しい旨訴えられました。
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これらの証言をきいた人たちは一様に「はじめて被害者からの直接の話をきいて驚いた」「なんとかしなければ」という声を寄せています。特に若い方からの反応が多く、主催した私たちもびっくりしています。
……今年は戦後50年ということで、マスコミなどでも戦争のことが注目されていたが、「唯一被爆した国」という被害者としてのものが多かった気がする。しかし「日本が外国にされた」ことよりも、この「従軍慰安婦」をはじめとした侵略問題、つまり「日本が外国にした」ことにも注目すべきだと思う。もっと多くの人、とくに僕らと同世代の若い人にもこのことを知ってもらいたい。そのためにも国は戦時中に行ったことを認め、学校でもこのような「日本が外国にした」侵略行為の真実を教えるべきだと思う。(高校生男性)
……私は韓国から来た留学生で、日本に来て一番驚いたのは日本人大学生の歴史に対する意識だった。今日のシンポジウムは、韓国の高等学生ならいや中学生でも知っていることだった。松井さんの話にはとても感動し、日本人にもこういう人がいるのかと思ってとてもありがたく思った。日本人に補償金を払えという韓国の慰安婦たちをとてもはずかしく思っていたけど、やはり日本人は払うべきだと思った。それに日本人や日本政府へ一番頼みたいことは、ちゃんとした歴史教育である。日本の人と話していると話がずれる時がいっぱいあり、むかつく時がいっぱいある。(大学生女性)
……私は社会人ではないので、自分で稼いだお金はありません。(アルバイトはしていますが、学費などすべて親に払ってもらっているので)でも、これだけ貴重な話を聞かせて頂いたので、両親にきちんと断ってから、私のアルバイトでもらったお金を本当に少しになってしまいますが、寄付できたら、と思います。また学校の友達にもなるべく多く話してみようと思います。これからも考えていきたいと思います。今日はありがとうございました。(大学生女性)
……以前、渋谷でフィリピンの元慰安婦の方の話を聞かせていただき、今回またこのような機会に恵まれ主催者の方々への感謝の気持ちでいっぱいです。日頃、戦後補償の問題を耳にする度、自分が何かできないか、いつも思いますが、思うだけで終わっていました。今日は証言者や松井さんの話をしっかり聞いて、帰ったらまわりの人たちに伝えたいと思います。(フリーター女性20歳代)
もちろん若い方ばかりでなく、幅広い年齢階層の方々からも感想を頂きました。知らされてこなかった。知ってしまった。それではどうしたらいいか。と言うところにまで多くの方が考えています。しかし、参加されなかった多くの人々へこのことを知らせていこうという思いがあふれていました。