【小論】
北海道の自治体と外国人の人権
政党・自治体アンケート調査結果に基づく実証的考察
松本祥志
1. 言い訳に使われる人権
北海道に在住する外国人について自治体によって“人権”という言葉が人権保障のためではなく情報公開を拒否するための口実として使われている。
つまり一方では、外国人の人権を保障するための制度も機関もほとんど或いはまったく提供されていないのに、他方では「在留外国人のプライバシーや人権への配慮から」、町村単位での国籍別人員調査の数字は公表できないとされている。
本稿において、北海道アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会(道AALA)が1996年10月に発行した『検証・北海道における外国人の人権』(道AALA出版)に掲載されている調査結果などをもとにして、北海道における「在留外国人のプライバシーや人権」が保障されるべきではあるが自治体にはそれらを保障する意思がほとんどなく、それらはほとんど専ら情報公開を拒否するために使われていることが実証される。
2. 「プライバシーや人権」
外国人は特別永住者や日本人と結婚した者も含め、1年以上日本に在留する16才以上の外国人は、外国人登録法第14条に従い登録原票と指紋原紙に指紋を押捺することが強制される。この「規定に違反して指紋の押なつをせず、又はこれを妨げた者」は同法第18条8項により「1年以下の懲役若しくは禁固又は20万円以下の罰金」に処せられる。
指紋押捺の強要は、身体の一部に物理的な強制を加えることになるので、プライバシーの権利のもっとも確実で直接的な侵害になる。
プライバシーの権利の根幹を侵害しながらもプライバシーの保護のために情報を公開しない表面上の口実は、差別をうけないように書類上の国籍を隠しながら村にひっそりと住んでいる定住外国人の国籍がバレてしまいその村で耐え難い差別をうけるであろうという推測に根拠をおいているのであろう。
この口実は、暗に北海道において外国人がきわめて高い確率で差別をうけるという認識が自治体に共有されていることを示している。しかもそれは道民にもひろく共有されているであろう。
さらにこの認識には、かなりな数の在道外国人がもうすでに差別をうけているに違いないという推測も含蓄されているのであろう。実際にも、在日外国人の人権を守る会北海道(SPR)や道AALAなどのNGOによれば、在道外国人から差別、いじめ、暴行などの被害が相談されているという。
それでは関係行政機関は外国人の被害の実態を把握しているのであろうか。
行政側の主張の通りに外国人のプライバシーを保護するためには、まずどのような国籍、在留資格、職業、身分法上の地位でどこにどれぐらいの数の外国人がくらしているかについての実態を把握していることが前提となる。なぜなら、後述のように外国人のための相談窓口さえ用意されていないところでは、実態把握にもとづく調査以外に外国人の被害を知る制度的な方法がないからである。
3. 実態把握の欠如
1992年2月に発行された総務庁行政監察局編『外国人をめぐる行政の現状と課題』によれば、札幌入国管理局は「外国人の就労、留学、就学、研修等の実態把握のための特別の調査を行っていない」という。
それでは札幌法務局のほうはどうであろうか。そこも「外国人の人権保障に関する実態把握のための調査を行っていない」という。道内各市も「実態把握未実施」という。
さらに、北海道労働基準局と道職業安定課による平成2年の調査結果では「外国人就労者なし」なそうである。でもこの時期に札幌で外国人就労者を見たことがあるのは僕だけでしょうか。
外国人がこれほどほったらかしにされている驚くべき事実は、自治体の関連部署に配属されている一部の地方公務員とSPRや道AALAのような関連NGOの会員である限られた数の市民以外には北海道ではほとんど知られていなかったであろう。しかし、これが自治体による「プライバシーや人権への配慮」の実態なのである。
それでは、外国人が暴行をうけていようが「強制売春」させられていようが給料が正当に支払われなかろうが人身売買されていようが、税金だけは『内国民待遇』を受け直接税も間接税もとられている外国人のために自治体が何もしないことが「プライバシーや人権への配慮」になりうるのであろうか。
それはありえない。
とりあえず、百歩譲って、「わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き」、「基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人にたいしても均しく及ぶものと解すべきである」と判示して外国人の政治的自由を制限した1978年10月4日のマックリーン事件最高裁判決を前提に、身分法上や公法上の人権をのぞくとしても、同判決に基づく通説である『性質説』によっても外国人にわずかに認められている憲法上の人権だけでも司法、立法、行政の機関により保障されなければならない。
4. 政党の政治的無関心
外国人には例外なく国政・地方の選挙における選挙権・被選挙権が認められていないので、日本人が外国人のためにその人権を保障するために政治意思をもちそれを表明する以外には立法機関において外国人の人権保障を実現する道はない。
霞ヶ関による行政を政治家がコントロールすることは担当大臣にとってでさえ困難であり、政治的権利を制限されている外国人にそれを期待することはもっと困難であろう。
司法機関の頂点にある最高裁判所は概して行政の判断にそった内容の判決を下してきているが、1995年2月28日の最高裁判決は、地方選挙における外国人の選挙権について、「法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を講ずることは、憲法上禁止されているものではない」とした。ただしこの判決は、「右のような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない」と結論を国会にゆだねている。
そこで道AALAは、1996年10月の総選挙の告示期間に焦点をあわせ、主要な政党に「在住外国人の道及び市町村の選挙権についてどうお考えですか」など8項目からなる公開質問状を10月18日を締切日として送付した。
10月31日現在で回答があったのは、民主党だけであり、同党は外国人も「地域の人々と共に生活する以上、当然でいろいろな要求を持っているはず」であり、選挙権を認めるべきであると肯定的な見解を表明した。
繰り返しの回答要請にも拘わらず回答を返送してこなかった政党は、自由民主党、新進党、新社会党、日本共産党であった。
なぜ回答しないかの理由も説明されていないので、これらの4党が回答をしない理由について推測・批判することは論理的に正当化されるだけではなく倫理的には義務づけられてさえいる。
無回答の理由として最も大きな蓋然性を与えられうる推測は、質問主体の非権威性と非実用性であろう。つまり、この公開質問状を作成・送付した道AALAは多くの会員と無数の道民による有形・無形の支援によって長いあいだ国際連帯運動を続けてきているが、民間団体であり何の公権力をももっていない。
無視されても、無視した政党に対して何の制度的な制裁をも加えることもできないし社会的にも大したダメージを与えることもできないことを見越しての軽蔑的な対応なのではないかと考えられるのである。それと同時に、選挙のための票集めにも余り役立たないとの政治的に平凡かつ偏狭な認識があったのかもしれない。
もうひとつ考えられる理由は、外国人の人権について一貫した政策をもっていないからというものである。
例えば、ある無回答の政党が『在日』の人権について何か書いているのをどこかで読んだ記憶があるが、同党がもし市民蔑視を意味する上述の理由で公開質問状を無視ないし横着したのでないとするならば、考えられる理由はあらゆるカテゴリーの外国人についての一貫した政策がないということぐらいであろう。
推測を前提に断定的な結論を演繹することは論理的に許されないが、推測に基づく批判は社会科学研究者と政治家の仕事の重要な部分を占めている。
かくして自由民主党、新進党、新社会党、日本共産党については、党の代表がマスコミにおいてどのような美辞麗句を並べたてようとも力のない市民からの訴えを聴く耳をもたない独善的な政党であるか、あるいは外国人の人権を重大な問題とは考えていない人権軽視の政党であるか、もしくは--しかも恐らくは--これら両者をあわせもつに違いないと批判されざるをえないであろう。
前述の1995年最高裁判決は外国人に地方参政権を認めることも違憲ではないと判示したが、外国人に地方参政権を認める法律を制定できる国会に外国人は代表をおくれない。しかるに、日本人の政党のうち民主党以外の上記4党は市民・外国人を蔑視、無視ないし軽視している。それでは、このような政治状況において、外国人の人権を保障するために何がなされうるのであろうか。
5. 自治体の役割
地方自治体は外国人の人権を保障するための積極的役割を果たすことが期待されうる。
例えば外国人のための相談窓口を開設して専門の職員を配置し、被害をうけた外国人の相談にのることができれば、自治体は外国人の人権の状況を具体的に把握できるだけではなく、救済のため既存の行政機関を有効に活用する方法を担当課長にアドバイスできるかもしれない。
道AALAが行った自治体アンケート調査によれば、1996年10月現在の回答では、小樽市、釧路市、千歳市が外国人の相談窓口として、それぞれ、総務部国際交流担当、審議室国際交流課、総務部国際・渉外課国際交流係を用意しているという。
相談窓口があるというだけではただちに人権を保障しているということにはならないが、人権保障のための出発点にはなりうる。逆に、かかる窓口のない自治体に在留する外国人にとっては、人権意識の希薄な日本社会そして北海道のどこにいようとも、人権は既述の口実としてしか機能しえないであろう。
それでは上記3市以外の道内の自治体は外国人の人権についてどのような意識を持っているのであろうか。
それは外国人の人権状況調査および地方参政権の必要性の根拠としてのデータ収集のために道AALAが行ったアンケート依頼にたいする各自治体の対応から推測されうる。
道内のすべての地方自治体にたいして、在住する外国人の国籍、在留資格、人数などについてのアンケートへの回答を依頼して送付したにもかかわらず、1996年10月現在で回答を返送してきた自治体は、たった42市町村だけであった。
返送されてきた回答のなかには人権意識の高さを示す丁寧なものもまれにあったが、「アンケートには回答できませんので、お返しします」という冷淡な無回答が圧倒的に多かった。
これらの人数についての無回答の理由としてほぼ共通に2つあげられていた。
ひとつは、「国籍別外国人登録人員の公表については、昭和48年1月10日付け法務省管登第51号通達により、『外国人国籍別人員調査票』と同一基準によるものとされていることから、在留資格別の公表は、差し控えることが望ましい」というものであった。つまり、法務省が情報公開するなという通達を出してるので情報公開できないというのである。それは将来、情報公開法の制定によって克服されうるかもしれない。
もうひとつは、既にふれた通り「プライバシーや人権への配慮から」情報公開できないというものである。
しかし、例えば外国人がひとりしかいない村にについてその国籍や在留資格を公表すれば、その者がかかる公表の結果、差別をうけたり、入管による非人道的な“人間狩り”の犠牲者にされるおそれはある。しかし、その者は既に重大な人権侵害の犠牲者にされているかもしれない。
人数の公表で固有名詞が特定される程度の人数しか外国人が村にいないのであれば、村役場の公務員がその外国人に情報請求の趣旨を具体的に説明して、情報公開についての同意を個別に求めるぐらいの行政サービスがあってしかるべきであろう。
もし本当に自治体が外国人の「プライバシーや人権」を保障しているのであれば、もちろんかかる情報を請求する理由もない。ところが、道AALAが北海道で暮らしている外国人に1996年に実施したアンケート調査の結果(1996年10月現在)は、ほとんど予想通り人権問題の偏在を暗示するものであった---「日本の労働基準に合致した雇用契約書をみたことがない」;「オンブズマン制度もなく、安心できない」;「役人の態度が悪い」;「労働(雇用)慣行はひどい」…。
かくして、政党だけではなく自治体も市民と外国人を蔑視ないし軽視し、自治体が住民のためではなく霞ヶ関のために行政を行っていることが明らかになる。それでは市民運動を行うNGOになにが期待されているのであろうか。
6. NGOの役割
道内では、SPRや道AALAなどのNGOが外国人の人権にかんする運動を行ってきている。とくにSPRはその分野でかずかずの具体的な成果をあげてきた。ちかぢか外国人女性のための「駆け込みシェルター」も設立するという。
中央の省庁、政党、自治体に自発的な外国人の人権保障活動をほとんど期待できない現在、幅広い道民の支援をえて当面する資金難をなんとか克服し、市民と外国人とが連帯して、一方ではシエルター設立のような具体的な救援活動をすすめると同時に、他方では永田町、霞ヶ関そして道および道内市町村の自治体にたいして、外国人の人権を保障するよう粘り強く求めていかなければならないであろう。
けだし、雨や雪が外国人だけに降るのではないように、普遍性を本質的な特質とする人権の侵害も、外国人だけにふりかかってくるのではないからである。
7. むすび
「困ったとき、行政機関やNGOに相談に行ったことはありますか」という質問を39名の在道外国人に行ったところ37名は「ない」と答えた。他2名は無回答だった。
「困ったとき、相談できる人はいますか」との質問には34名が里親、指導教官、教会、同郷の人などをあげていたが、恐るべきことに4名は「いない」と答えた。
北海道における外国人の人権についての調査、研究、運動のレベルは概して低い。そのため不可避的にこの問題にたいする道民の意識も極めて低い。例えば北海道には過度に自尊心の強い教員をようする“ご立派な”大学がいくつもあり、各大学には留学生センターや国際交流センターなどが開設されているのに、外国人の人権を研究している研究者はほとんどいない。
それゆえ北海道は人権後進地域との恥ずべき厳しい非難もまぬがれえないであろう。
社会的にも“お寒い”この状態を克服するには一人でも多くの道民の皆さんの暖かい心と貢献が決定的な役割を果たすことになるであろう。