第5号(1995.11)
【世界のNGO 第5回】
フィリピンのNGO
岡野内 正(法政大学)
“わかりやすいところ”
フィリピンについて語るには、いくつかの前提がいる。同じ人間が住んでいるのだが、日本とは状況が違う。特にこの2、3年の状況は非常に流動的だ。でも心配することはない。この9月に私は、ミンダナオ島に調査に出かけたのだが、その前に、ゼミの学生にことわった。「99%大丈夫だが、1%ほど、消される可能性がある。ぼくが調査しているプロジェクトがらみで、現地のNGO関係の人が数名殺されている。それだけじゃない。プロジェクトに反対だった先住民の村が、村ごと爆撃されたこともある。現地人だと簡単に消されるので、僕ら外国人に調査に来てくれという話なのだ。確かに国際問題になるので、簡単に消すことはできないが、僕らがいる限りプロジェクト推進のじゃまになるのは、はっきりしている。事故に見せかけて殺される可能性は残る。」と。一瞬シンとなった学生たち。が、一人がつぶやいた。「なんと、わかりやすいところ!」
そして、涙なしに語れない…
フィリピンでは、農民組合や漁民組合などの職能団体あるいはスラムの住民団体など、より底辺の生活に密着した組織をPO(People's 0rganization)と呼んで、環境保護団体、人権擁護団体などの政策提言能力を持つNGOと区別しているようである。政府や地元有力者の意向に逆らうようなNGOの活動が危険なことは言うまでもないが、実際に殺されてしまう危険は、こちら住民に密着した底辺のPOの活動家の方が大きいようである。彼らの多くは教会の青年組織のリーダー出身で、実にあけっぴろげでひとなつこく、好きにならずにいられない性格をもつ。しかも人前でしゃべらせれば、きわめて明確で力強い話をし、すばらしい組織力を発揮する。だから彼/彼女らは命を狙われる。時に見せしめの惨殺体となって発見される。殺すものたちは、フィリピン社会が育んだ人民の子、フィリピンの未来を切り刻んでいるのだ。こうして多くの人材が消された。森を切り尽くし、山を掘り返し、海から魚を捕り尽くしたものたちは、人間まで切り倒してしまった。作り出すのではなく、奪い尽くすものたち。残されたのは、奪い尽くされ、むしり取られてあれ果てた島。
パセティック 育ちゆく子供らよ!
そんなわけで、フィリピンのNGOについて語るとき、とうてい豊かとは言えないフィリピン経験しかもたない筆者の脳裏にさえ、様々な場面が去来し、胸がいっぱいになる。けれどもそんな外国人の感傷などおかまいなしに、町ではジープニーがブーブー、ひっきりなしに人が歩き回り、ほこりでもうもうになるかと思えば、ざあざあの雨で水浸しになり、学校の門には子供達があふれかえる。生活のための日々の闘争。たとえばこの9月に訪れたミンダナオ島のダヴァオ郊外にはサンミゲルの大規模なビール工場が建設され、市の中心部には巨大なショッピングモールがオープンしている。そこからバスで3時間、ジープニーで1時間、徒歩2時間のアポ山中の先住民の村では栄養状態の悪い赤ん坊が皮膚病にやられて泣きわめき、医者を含むわたしたち調査団が来たというのでありとあらゆる病気の人が長蛇の列を作るというのに、ガードマンが入り口を固める巨大ショッピングモールではアポロの模型が子供を乗せてぐるぐる回り、エスカレーターで運ばれながらこぎれいなジーンズのカップルが同時上映の二つの映画のどっちを見るか話し合う。西暦2000年にはフィリピンを新興工業国に、というラモス大統領のスローガンは、こんなキンキラキンのショッピングモールになって人々を駆り立てるのだろう。山村とのコントラストにこっちは頭がくらくらする。
NGO支える若い世代
だがフィリピンには子供がいっぱいいる。そしてNGOを支える新しい世代も確実に育ってきている。3年前の調査の折りに知り合ったダヴァオに事務所をもつ環境NGOのTさん。今でもそのNGOのリーダーの一人として働いているが、同時に6人の子供の母として子育てに大忙し。ベビーシッターを雇うほどの給料を出せるNGOでもなく、とうてい毎日出勤することなどできない状態。ところが今回の調査にはTさんより一回りも若いAさんが同行してくれた。大学を休学して、有給のボランティアとしてそのNGOに加わっているという。なかなか優れたレポートを書く人である。私のおめあてのそのNGO付属のデイタバンク(あるイギリスの研究者は3年前にこれを評して、フィリピンで最も優れた環境問題のライブラリーの一つ、と言っていた)は、ちょうどここ2、3年間ばかりの資料収集、整理状況が悪く、このNGOの最近の苦境を物語っているようにも思えた。それでも環境教育に力を入れているせいであろうか。事務所には中学生グループなどもひっきりなしに訪れてきていた。
フィリピンのNGOと日本
以上、ミンダナオの環境問題を扱うNGOを紹介したが、フィリピンには環境問題を扱うNGOだけでもそのリストで本ができるほどの数がある。筆者は、このように盛んなフィリピンのNGO,POの活動を、フィリピンの社会運動−社会のしくみを変えようとする人々の活動−という視点から見ていきたいと思っている。フィリピンと深い関わりを持つ日本の経済や企業、それに対する日本の社会運動はどんなぐあいにフィリピンの社会運動と関わっていけるのだろうか。フィリピンのNGO、社会運動が直面する問題、すなわちグローバル化した多国籍企業主導の経済や社会のしくみの問題は、日本のNGO、社会運動が直面する問題と同じで、決してひとごとではないのではあるまいか。そんなことも考えている。 この小文を読んでくださった方はぜひ、つきあいの輪を一歩広げて、自分自身で実に多様なフィリピンの社会運動に触れながら、考えてみてください。
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