【32号小論】

日ロ両国は国際法治社会に向かって努力を

金子 利喜男

継続は力なり

 わたしは、1993年の読売新聞の記事で、北方領土問題の司法的解決を示唆したが、当時の東京宣言中の「早期」の解決に期待し、そのご国際裁判による解決を力説しなかった。
 領土問題で、わたしが国際裁判を視野に入れるべきとの立場を鮮明にし、やむにやまれず決起し、精力的に活動しはじめたのは、だいたい2年前である。時は人をまたない。20世紀末は近づいてくるが、解決の見通しはみえなかったからである。わたしは、いらだたしくなった。当初は、やみくもに国際判例を調査しつつ、まさに一匹オオカミみたいな存在で、あちこちで司法的解決をうったえた。

1) 1997年5月16日の朝日新聞への寄稿(北海道版)
 朝日新聞では、北方領土問題を国際裁判で解決すべきことを提案した日本人をみたことがなく、よくも拙文を採用したものだと、自分ながら驚いた。

2)1997年7月20日の北海道新聞への寄稿
  同紙で、司法的解決を主張する日本人も、それまで筆者はみたことがない。

3)1998年5月26日 苫小牧市での市民講座での講演。全20名の聴衆が、司法的解決に賛成。

4) 翌日の北海道新聞で報道される。(ただし、苫小牧方面の地方版で)

5)1998年7月6日"Hoppoken",104号
 この雑誌では、日本人は82%、ロシア人は68%が司法的解決に賛成の回答をしたことを述べた。
 

日ロ民間共同宣言

6)1998年10月6日、日ロ民間共同宣言
 これは、じつに大事業であった。下記の民間色の強い日本人とロシア人が、外交交渉と司法的解決の併用にかんする共同声明を発表したのである。

《日本側  》

 岩田 宏一(いわた こういち) 
 千島歯舞諸島居住者連盟理事 

柏原  栄(かしわばら  さかえ)        
 社会福祉法人  根室隣保院総務課長 

金子  利喜男(かねこ  りきお)        
 札幌大学教授(法学修士、国際法)
 〔日ロ関係論〕

神代  方雅(くましろ  まさのり)
 日本港湾経済学会常任理事 

多賀  秀敏(たが  ひでとし)
 早稲田大学教授(法学修士、国際法)
     〔平和学、国際関係論〕

《ロシア側》

ブリシェンコ・イーゴリ・パーヴロビチ
 民族友好大学国際法学科長、国際法大学学長、        教授、法学博士

アナトーリー・エヌ・タララーエフ 
    モスクワ大学国際法講座教授、法学博士

キリル・チェレフコ
 国連国際情報学士院会員、歴史学博士、
 ロシア科学アカデミー・ロシア史研究所
  指導研究員。
                                
ミハイロフ・ワレンチン・ステパーノビチ
   法学博士、極東国立大学国際法教授

(1999年4月26日現在、この日ロ民間共同宣言には、その後50名ほどの学者が支援者として、名乗りをあげている)。
 

徐々に知られる国際裁判

7) この画期的な日ロ民間共同宣言が成立した経緯については、本年中に日記のかたちで発表する予定であるが、同宣言については、NHKや各紙が報道した。しかし、この報道は道内だけに流されたにちがいない。

8)1998年11月18日、係争諸島平和地帯化日本民間宣言 この宣言でも、領土問題の司法的解決を強調した(これは、どの係争諸島がどの国に帰属しようとも、この4島を非武装化するというものである)

9)1998年11月19日、上記宣言にかんする朝日新聞の記事(北海道版)

10)1999年1月1日、クオリテイ 386号(実際は、89年の年末に発売されていた)。この雑誌では、もちろん、司法的解決を訴えつつ、北海道はもっと主体的に行動しすべきであると主張した。

11)1999年1月31日の札幌国際連帯研究会での報告発表
 札幌学院大学の松本教授は、バートランド・ラッセル国際法廷(民間法廷)みたいのを試みてはどうかとの着想をのべた。わたしの日記には「資金と時間が続くだろうか」とのためらいが書かれているが、その後この着想は、しばらく心の中で温められる。

12)1999年3月1日の朝日新聞 これは、わたしが司法的解決を提言したというよりは、ついに朝日新聞社が、全国版で、国際裁判論者の意見を紹介したことに意味がある。同社の社説でも、または何らかの記事でも、全国版では日本人のそのような意見は掲載されてこなかった。

13)1999年3月17日の札幌大学における道民公開討論会 これは、日ロ平和条約研究会と金子ゼミの共催であるが、100名ほどの一般道民が、じかに国際裁判の長所を耳にした。この討論会については、STVと北海道新聞などが報道した。
 
 3−4月に、少し予備的調査をおこなった。領土問題について、司法的解決を提唱する日本人がいることを知っていますかとの質問にたいして、札幌では33%(36名中12名)、秋田県では17%(12名中2名)、新潟17%(18名3名)とこたえている。調査の母数は少ないが、これは、さもありなん、とみえる数字である。
 

グランド・ホテルでのシンポジウム

 1999年2月27日、札幌のグランド・ホテルで、「日ロ関係の展望と課題」のシンポジウムが、著名な末次一郎氏、サルキソフ氏、皆川修吾氏をパネリストとして行われたとき、つぎの2点をわたしは質問した。
 第1は、外交交渉失敗の場合の国際裁判。これについては、サルキソフ氏が、どうにもならなければ裁判だと答え、末次氏は、2001年以後の交渉と裁判の併用を認めた。この点は高く評価されよう。
ただ筆者は、民間が決然として行動すべきは、まさに今だと判断している。なぜなら、「どうにもならない」政情になってからでは、すなおに両国が問題を国際裁判所にまかすかは疑問だからである。 
 同氏のみるように、判決が履行されるとは限らないが、世界各国の地図に判決線が引かれるだけでも大成果だ。現時点で憂慮すべきは、むしろ政治的妥協に反対勢力が反発し、条約が批准されないことである。
 国内事情から、即座に判決を履行できないというのであれば、その完全履行は、たとえば10年後でもよかもしれない。ロシアについては、それまでは同国による暫定施政を認めることもできよう。
 氏は裁判を"離婚"にたとえたが、それが奇妙なのは、日ロが"夫婦"でないからだ。この場合、裁判こそ、我の強すぎる未婚男女の争いを解決し、そして"法律上の婚姻"を導く確実な愛の経路なのである。
 第2は、先住権について。末次氏は、島でアイヌ人は分離されると一語で回答しただけであるが、いまや国連の先住民族権利宣言案にそって、係争諸島の独立やアイヌ自治区を検討する動きは潮流になりつつあり、この問題はさけて通れない。後回しは、荒波をともなって、むしろ事態を紛糾させるだけであろう。
 4島独立論もあるが、より公正に日ロ両国や日本人元島民の立場を考慮するなら、まずは国後島をば先住権を認めた独立国とし、歯舞と色丹は56年の日ソ共同宣言に沿って日本領に、そして択捉はロシア領とすることが、より合理的であろうと筆者は考えている。とはいえ、アイヌ民族が望むならば、択捉島でも、色丹島でも、また歯舞群島でも、アイヌ自治区は認められるべきであろう。
 しかし残念にも、日ロ首脳陣が、なにを考えているかは分からない。危惧されるのは、唐突で不正な決定、国連の先住民族権利宣言案に反する再度の歴史的過ちである。
 

道民公開討論会

 1999年3月17日、われわれが札幌大学で、国際的、中立的かつ非政党的な「公開道民討論会」を開いたのは、前記2点の討論を利害関係者によびかけ、まさに時代の要請する根本問題について相互理解を促進するためであった。パネリストの松本祥志(国際法)は、アイヌ民族の先住権が考慮されるべきを強調し、わたしは、50以上の国際判例研究にもとづき、交渉と裁判の同時並行的利用のつぎのような長所を力説した。

@日ロ間の合意で争点を裁判所に質問するので、これは妥協、しかも公正かつ合理的な互譲の形態である。
A政治家の重責を軽減する。日ロが原告と被告になるのでない。政治的緊張は緩和し、より友好的になる。
B「法と正義」に沿う解決を促進する。交渉での一方の過大要求は、相手国の判決待ちの誘因となる。
C一連の法的論争(「千島列島」範囲、侵略論争など)に決着がつく。政治的妥結では不問のまま残る。
D展望の不透明さを防止する支柱となって、問題を早期に解決する。(領土関係判決は平均2−3年)
E他方、いくら長期に交渉を継続しても、その妥協点は、結局、判決線近辺に落ちる可能性が高い。
F国連国際司法裁の判決は、法的にもっとも堅牢で権威があり、両国内の反対勢力の抵抗は最小限になる。
G国際法治社会を樹立するうえで相当な貢献となる。その分野で、ロシアと東アジアはかなり原始的だ。

 領土問題の解決はおろか、2000年の日ロ平和条約の締結は困難との予想さえある。昨秋われわれが、「日ロ民間共同宣言」で、交渉と裁判の併用を渇望したのは、以上の最悪の状況を懸念したからである。かかる複線化で、より確実、より公正に先住権をふくむ領土問題を解決すること― これが理性と国際法治社会の道であろう。
 


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