【32号ヘッドライン】

景気回復『議論』と『日の丸・君が代』



 

 景気回復政権と自称したおぶち政権は、公的資金の投入が一段落すると、新ガイドラインの法制化や「日の丸・君が代」の法制化のほうに撤退し始めている。景気回復は政策のレベルから『論議』のレベルに格下げされてしまった。

 しかも昨今の景気回復論議は、何か大事なものを欠いている気がする。日本社会も経済だけでできてるわけではないのに、景気回復論議は、福祉、環境、教育の問題についても依然として「金だ。金だ」の視点しかもてず、問題を矮小化させている。

 もともと「金だ。財テクだ」と国民が踊らされた結果の〈バブル経済→バブル崩壊→不良債権→金融危機→貸し渋り→倒産・リストラ→消費抑制→不況〉だったのではないか。お金の論議だけで日本を再生できるのだろうか。

 いま問われるべきは、どのような日本社会を再構築すべきか、どのような日本人を育てるべきか、であろう。その論議をともなわない景気論議は、日本を再び「金だ。金だ」の没理想社会に堕落させる。

 「日の丸・君が代」法制化論はそのような論議を経ていなければ意味がない。「日本がどういう社会をめざすのか」、「私達はどういう人間を尊敬し理想にするのか」。国旗をあおぎみれば私達の社会の目標・理想が想い起こされ、国歌を歌えばその目標・理想に立ち向かう勇気が湧いてくるのでなければ、どんなに親しまれていたとしても国旗・国歌としての内実がない。しかも、目標・理想を失った社会に残るのは野望だけである。
(SM)


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